「一つの仕事に入る前に、必ず作業をする上で自分なりの“テーマ”を決めるようにしています」
『コードギアス』の美術監督の菱沼由典が作品に参加するにあたって掲げた“テーマ”は次の二つ。
「レイアウト以外のすべての行程をデジタルのみで行う」
「デジタルで手描きっぽさを表現しつつ、デジタルならではの表現も突き詰めて、『コードギアス』の世界観にマッチした美術を仕上げる」というものだった。
'90年代後半からアニメ業界では、仕上(キャラクターの彩色)以降の行程がデジタル化され、コンピューター上で行われるようになった。その影響はそのほかの部署にも次第に波及した。それまでは筆とポスターカラーで描かれていた背景も、コンピューターでPhotoshop(画像処理ソフト)などを使って描かれるようになりつつある。
「『コードギアス』に参加したころ、私自身が手描きからデジタルへと転換していた時期だったんです。また谷口(悟朗)監督から、租界にあるブリタニア政庁は『コンクリートとプラスチックの中間のような質感』と言われました。重要な舞台である租界の建物はそういうつるつるした質感だということだったので、デジタルで描いてもいい感じになりやすいだろうなとも考えました」
そして当初の予定通り、制作が進むにつれてデジタルの比重は次第に増えていった。
「第1シーズンの時から美術ボード(各場面の背景の手本となる絵)はデジタルと手描きが半々ぐらい。実際の背景はまだ手描き中心で、手描きしたものをデジタルでフィニッシュすることが多かったです。でも『R2』になってからは、絵の具を一切触らないで作業するようになりました」
デジタルのメリットは多い。
「絵の具を乾くのを待つ時間がないので、どんどん作業を進められるのはやはり便利です。あと一度描いたものを、再度手を加えてもう1回使えたりするのも、スケジュールに追われるTVアニメでは助かるところです。雲なんかは、そうやって描くこともあります」
『コードギアス』で、デジタル化が力を発揮したものの一つに、アッシュフォード学園の「窓枠」がある。
「貴族調の学校ということで、窓枠を装飾のある凝ったデザインにしたんです。これをパースをつけて各カットごとに描くとしたら大変な手間になる。でもデジタル作業なら、あらかじめ描いておいた窓枠の素材を背景原図に合わせてパースをつけてはめ込んでいけばいいので、かなり省力化になります」
『コードギアス』の作業を振り返って、菱沼は自ら掲げた“テーマ”を達成できたのだろうか。
「やっている間はなんとかできたかなと思っているんですが、終わってみると反省点ばかりが残ります。まあ、これはいつものことなんですが、今回ももっとできたんじゃないかなって。デジタルは自然物など柔らかい表現が苦手な部分があるんですが、これからはそういう部分も含め、柔軟な発想で手描きっぽさを表現することがこれまで以上に求められてくると思います」
自分の成果に満足しきらない、そのこだわりこそが、プロフェッショナルの証、なのだ。