ユーロピア共和国連合(E.U.)が使用する暦は、革命歴と呼ばれる。『亡国のアキト』の舞台となるのは、革命歴228年である。
革命歴の起点となるのは、1789年のフランス革命である。フランスで市民革命が勃発し、貴族による旧体制(アンシャン・レジーム)が一掃された1790年が革命歴1年とされた。
フランスに始まった市民革命の嵐は瞬く間にヨーロッパ中を席巻した。そして、ついにドーバー海峡を越えようとした時、英国王室は新大陸への遷都を行う。これが後の神聖ブリタニア帝国の成立の原因となった。
その後ヨーロッパでは、戦争を通じて革命を“輸出”する上で大きな役割を果たしたナポレオンが大きな権力を握りそうになる。だが、ナポレオンは、彼の専制君主化を恐れた勢力により処刑される。ここでナポレオンを排除したことが大きな歴史の分岐点となった。その後、王に即位するものがないままE.U.は、皇帝を戴く神聖ブリタニア帝国とも、天子を擁する中華連邦とも異なる、民主主義国家として成立することになる。現在、神聖ブリタニア帝国の貴族制が前時代的な政治であるなどの理由から、E.U.に亡命する貴族も少数ながら存在する。レイラ・マルカルも、そうした亡命貴族の娘である。
なおユーロ・ブリタニアは、神聖ブリタニア帝国の中でも、傍流にあたる旧ヨーロッパにそのルーツを持つ貴族で構成され、父祖の土地を取り返すことを目的として戦争を行っている。シャルル皇帝の関心はもっぱらエリア11に向いており、対E.U.戦線はユーロ・ブリタニアにその指揮権などは大きく委ねられている。
E.U.の首都はパリ。三人の大統領を中心に、選挙で民主的に選ばれた四十人委員会を中心に運営されている。四十人委員会は、革命後に設立された組織をベースとしており、現在は200名以上の委員で構成されている。神聖ブリタニア帝国との戦時ということもあり、四十人委員会が国防の中心となってさまざまな軍事行動を行っている。
ただし長期にわたる民主主義政治の末期的症状として、四十人委員会のメンバーを中心に大衆迎合主義が蔓延しており、その問題の根は深い。
ユーロピア共和国連合(E.U.)の政治は、末期的民主主義の状況を呈している。そのため、選挙で選ばれる四十人委員会のメンバーは、自らの当落に非常にセンシティブになっており、市民の反発を招くような政策が選択できない。こうしたことからE.U.では問題の先送りと、官僚主義が横行している。
そして、大衆迎合的な政策の最たるものが秘密部隊wZEROの設立である。
数年前より始まった神聖ブリタニア帝国との戦いは、長期化の様相を呈し、アジア方面から着実に攻めてくるユーロ・ブリタニアに対し、E.U.軍は決定的な反撃をすることができず、じわじわとその版図を狭めている。
E.U.政府は戦争の長期化と、市民から戦死者が増加することによる厭戦観の蔓延を防ぐため、シテ島のゲットーに集められたイレヴン(日本人)を戦争に活用することを考えた。E.U.内にいた日系人は、神聖ブリタニア帝国に併合されエリア11のイレヴンとなった結果、E.U.では敵性外国人として扱われるようになったのである。
戦功があればなんらかの自由を与えるという条件のもと、ゲットーのイレヴンの青年層を中心に志願者が募られた。そして、創設されたのがwZERO部隊である。
wZERO部隊は、兵士の損耗率の高い前線に送られて、E.U.軍の一般兵士を生還させるために死地へと赴くことがその任務である。つまりE.U.市民の代わりに死んでくれ、というのが政府の考えだったのである。wZERO部隊は、ペテルブルク奪還に失敗し、ナルヴァでブリタニア軍に包囲されたE.U.軍132連隊の救出作戦が、実質的な彼らの初陣となった。
だが首都パリではこうした彼らの極限での戦いを知ることはなかった。政府要人や富裕層は目の前の繁栄と安寧だけを追い求めているのだった。
E.U.軍の主力ナイトメアフレームは、パンツァーフンメルである。本来であればナイトメアフレームとは分類されない機体を、ナイトメアフレームと呼称せざるを得ないところにE.U.軍の窮状がある。ブリタニア軍の兵士の中には、パンツァーフンメルを「ナイトメアフレームもどき」と呼ぶ兵士もいるという。
神聖ブリタニア帝国が開発し、日本侵略で使用した人型兵器ナイトメアフレームは、その性能と汎用性の高さで、世界の軍事関係者に大きな衝撃を与えた。その後、E.U.軍がナイトメアフレームを目標に開発したのがパンツァーフンメルになる。しかし性能に大きくおとるパンツァーフンメルは、戦場で対してもナイトメアフレームの敵ではなかった。特に機動性におとるパンツァーフンメルは、ナイトメアフレームに高速で間合いを詰められると手も足も出なかった。
そんな中、秘密部隊であるwZERO部隊に配備されたのが最新鋭の特殊作戦機アレクサンダである。
アレクサンダの開発チームの詳細は秘密とされているが、wZERO部隊の一員であるアンナ・クレマンと、その実家のファクトリーであるといわれている。
アレクサンダの最大の特徴は、対ナイトメアフレームとの戦闘を想定し完全に人型のシルエットを持つ点と、変型機構により虫型のインセクト・モードへとチェンジできる点にある。インセクト・モードの時の機動力は、人型時以上となる。
変型機構が搭載された理由は2つ。wZERO隊の戦法が、ナイトメアフレームを前線後方に射出しそこから敵を攪乱するというアイデアを採用したため、省スペースな形状になる必要があったこと。もう一つは、高い機動力を持つブリタニア軍のナイトメアフレームにさらなる高速で接近するため、被弾率が劇的に下がる形態を必要としたためである。
神聖ブリタニア帝国のナイトメア開発史とも、それと同じ流れを汲むインド軍区の開発チームとも異なる独自発想の機能も搭載されており、ナイトメアフレーム開発史におけるあだ花ともいえる唯一無二の存在である。